人には必ず死が訪れるものです。
しかし、デリケートな問題である為に、なかなか話題にしにくい事でもあるでしょう。
高齢者と関わる機会が多いと、よく耳にするのが「もう死にたい」「もう死んでもいい」という言葉です。
家族でも多いのではないでしょうか。
でも、私たち介護職員も家族も決まって言うのが、「そんな事言わないで」「まだまだ長生きして」でしょう。
介護職員も家族も、まだ長生きしてほしいと思うのが本音でしょうが、それを言う事でこの話題を避けようとしているのも事実だと思います。

終末期っていつからの事??

終末期、ターミナル期、看取り、とも言います。
介護施設を探していると、看取り可と記載されている所も多いです。
つまり、「介護施設で亡くなる」という事です。

終末期とは、病気が治る可能性がなく、数週間~半年程度で死を迎えるだろうと予想される時期です。
余命~と言われる時期です。

医師の診断もそうですが、見ただけでも判断出来る事もあります。
全身の細胞が緩やかに死に向かっている為に、徐々に浮腫みが見られたり、尿の減少、便秘や下痢、食欲の減退などが見られます。
ご飯が食べられなくなって来たら、そろそろかもと思われる事が多いです。

この頃までに決めておかなければいけない事は??

この頃には意思の疎通が難しくなっている事も多い為、出来ればこの時期よりも前に、本人と話し合っておいた方が良いです。
家族の望みももちろんですが、何よりも本人の意思を尊重したいので。

まず、延命を望むのか、望まないのか。
延命とは延命する為の治療です。
救急車を呼んだり、AEDを使う事は延命治療となります。
食事が摂れなかった場合の胃ろうや、人工呼吸なども延命治療になります。
望まない場合には、そのような医療処置を行わず、自然と死を迎える事になります。

そして、本人がどのような最期を迎えたいのか。
何が食べたいのか、誰に会いたいのか、やり残した事はないのか。

介護施設に入居する時に、あらかじめ確認される事もあります。

終末期を受け入れるまで

終末期=余命宣告を受けた時、家族もですが本人はなかなか受け入れられない事でしょう。
全ての方がこのような段階を踏むわけではないですが、アメリカの精神科医・キューブラー・ロスは、死の受容に至るまでに5つの段階があると説いています。

・否認
死期を受け入れられず、否定する時期。自分が死ぬとは嘘ではないか、と疑う時期。

・怒り
なぜ自分が死ななければならないのか、と怒りを抱く時期。

・取引
何でもしますから助けて、と取引をしようと試みる時期。

・抑うつ
逃げられない死に絶望する時期。なにも出来なくなる時期。

・受容
死を自然の理として受け入れられる時期。

このように段階を踏んで、死を受け入れられるようになる、と説いています。
家族や介護する側は、このような本人の心境を理解し、支える事が大事です。

どのような介護をしたらいいの??

日常生活の介護は看取り介護、終末期医療や看護はターミナルケア、と呼ばれています。
家族や介護職員が行うのは、日常生活の介護である為、看取り介護となります。

ターミナルケアでは、延命治療が目的ではなく、身体的・精神的苦痛を和らげ、QOL(生活の質)を向上させる事を目的としています。

看取り介護の場合は、その人が最期までその人らしい生活を送れる事、痛みを緩和し安らかな終わりを迎える事が出来るようにする事、残された時間を充実したものにする事、を目的とした介護が行われます。

死の兆候は??

食事が摂れなくなってきたら、そろそろ覚悟が必要になって来ますが、家族を呼んでいよいよ看取りとなる時には、このような症状が見られます。

・呼吸が不規則になって来て、呼吸の深さも不安定になって来ます。
無呼吸、チェーンストークス(浅い呼吸→深い呼吸)、肩呼吸、下顎呼吸(下あごを動かして呼吸する)などが見られます。
・体温が低下して来ます。
・脈拍が乱れ、弱くなって来ます。
・血圧の低下が見られます。
・意識がはっきりしなくなり、混濁が見られます。
・チアノーゼ(血色不全)、喘鳴などが見られます。

様々な思いがあると思いますが、後悔する事のないような看取りが出来ればと思います。
穏やかでなくても、落ち着いていなくても、自分の思いを出してあげられれば良いと思います。

そしてその後、エンゼルケア、葬儀となります。




以前、介護施設での夜勤中にナースコールが鳴って伺ったところ、「死にたい」と話す入居者がいました。
大柄の男性で、病気の為に大分体が硬くなり、ゆっくりとした動きしか出来なくなっていました。
認知症ではなく、意思疎通もはっきりしており、声が出にくくなっているものの会話もしっかり出来る方でした。
しかし、体が硬く動きにくい為、介助する側も少々大変だった事は事実です。
終末期でもなかったのですが、じっくり話を伺ってみると、
「もう奥さんに迷惑かけたくない、迷惑かけてまで生きていたくない」
「色々やりたい事はやらせてもらったし、もう生きる事に満足した」
と話されました。
まだ生きていてほしいと思うのは当然ですが、そればかり言い続けるのは、その人を否定する事になるのではないか、と思いました。
「誰も迷惑だと思っていないけど、そう思っちゃうんだね」
「まだ生きていてほしいけど、もう後悔はないの?」
「今からでもやってみたい事はある?」
言い方は悪いですがこのような話が出た時にこそ、その人に共感し、延命を望むのか、どのような最期を迎えたいのか、やり残した事はないのか、そんな話をしてみても良いと思います。
その方は、じっくりお話を伺うと「あれが食べたい」とか「奥さんがすごく良くしてくれるから申し訳ない。でも直接言うのは言いにくい」など色々なお話をしてくれました。
そして笑顔が見られ、「ありがとう」と話され休まれましたが、それ以降そのような話をする事はありませんでした。
途中で他の施設へ移られた為に、最期を看取る事はありませんでしたが、他の施設へ移る時に泣きながら何度もお礼を言われていたそうです。
急に看取りについての話を出すと、当然「死んでほしいのか!」と思ってしまいます。
施設に入居するなど、何かのきっかけに看取りについての話が出来ると良いと思います。